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さようなら、かまがり
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2007 年 5 月 6 日午後4時過ぎ 御所浦町 本郷港。
防波堤の向こうにカーフェリー本渡―水俣航路「第三かまがり」の緑と白の船体が見えた。 奥に望む眉島の森を背景に、船体の白い色が際立つ。
少し翳った日の中をゆっくりと防波堤を旋回し、本郷港の中へと入ってくる。
本郷港の桟橋の上は100人あまりの島民であふれかえっていた。 かまがりの、本渡―水俣航路の最後の本郷港入港に別れを告げようと多くの島民が駆けつけたのだ。

かまがりがゆっくりと桟橋に近づくと、2人の島民が手作りの横断幕を広げた。
「ありがとう、かまがり」
島民からの感謝の気持ちに暖かく迎え入れられ、かまがりは桟橋に着岸した。

仕事や通学に欠かせない島民の足であった水俣航路。
島民は皆、利用してきた海の道だ。

年配の島民であれば、桟橋が出来る前は眉島まで渡し舟で渡り、そこから乗船していたと懐かしげに語る。 船も当時の長水丸の思い出が深いかもしれない。
若者も、高校時代の顔なじみの船員とのやり取りを懐かしむ。
皆、水俣航路には単なる交通手段という以上の思い入れがあるのだ。

かまがりから水俣航路本郷港最後の乗客が降り、お別れの式典が行われた。知己の島民から船員に花束が手渡される。
長年のさまざまな思いがよぎったのだろうか、感極まり、目頭を熱くする船員たち。
桟橋の島民にも同様に涙を浮かべる者がいる。

水俣航路最後の出航時が来た。何十本という色とりどりの紙テープが島民とかまがりを繋いでいた。
ゆっくりと桟橋を出航し、徐々に離れていく船にやがてそのテープでつくられた虹も切れいく。
沖へと最後の航海に向かうかまがり。
二度と見ることはないであろうその姿に名残を惜しみ、島民達は最後までかまがりを見送っていた。

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本渡―水俣航路は1964年に開設され、御所浦の本郷港を経由して水俣―本渡間を約2時間半で結び、1日に2往復していた。
43年続いたこの航路が、利用者数の低迷や原油価格の高騰などを理由に、休止となり、御所浦―水俣間を結ぶ船の道が失われることになった。

八代回りで公共交通機関を使うと水俣までは約 4 時間、定期船では日帰りは不可能になった。もし御所浦から貸切船で行けば、その料金は 1 万円は下らない。
御所浦から海の向こうに見える水俣は高速船で直行すれば 40 分もかからない。 しかし今、その距離は非常に遠いものとなってしまった。

水俣航路休止が発表されてから、御所浦の住民による航路存続運動も行われている。今後の航路復活へ向けた動きも注目される。

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