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今日は御所浦島の本郷、村にある鶴眠山東岸寺副住職、貴田英広さんにお話を伺いました。 鶴眠山東岸寺は明治28年に当時の御所浦村にお寺がなかったことから、村長が貴田英広和尚の祖父を招いて建立されたそうです。 建立以来、鶴眠山東岸寺は御所浦島内のお寺のひとつとして法事をはじめ、法話を行うなど島の中で重要な役割を果たしています。
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貴田英広さん
鶴眠山東岸寺副住職

英広さん
(野原の音声レコーダーを見て)いいねぇ。それで録音するの。 よく外に出たときに会ったおばぁちゃんとかにお参りを頼まれるんだけれど、帰ってくるときに忘れんのね、途中で(笑)。

野原
いやぁ、でもこれ使うとたぶんよりいっそう忘れますよ。
これがあるからいいやと思って。

英広さん
あーぁ。

野原
そうゆうもんだと思いますよ。

英広さん
そうかぁ。だから、普段はね、何月何日にお参りお願いしたいんだけどっていわれたときは、そこで「じゃあ電話かしてください」っていって、電話借りて電話して、かぁちゃんに何月何日空いてるって聞いて。
そうしないともう、帰ってくる間にね(笑)。

野原
そうですよねぇ。頼まれる方は特別なことですけど和尚は毎日のようにされていることですものね(笑)。

和尚も同年代の多くの御所浦の方のように、高校からは御所浦をでて学生生活を送られていたそうです。
また、 20 代のころはシーカヤックをされていたそうで、今でも、バードウォッチングや、写真などの様々な趣味をお持ちです。

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写真
(インタビュー音声ファイルの内容です。)

野原
ところで、和尚あんまり御所浦弁でませんね。

英広さん
ああ、おれね。うつるのよ。

野原
ああ、しゃべってる人に合わせちゃうんだ。

英広さん
だから御所浦の人としゃべれば御所浦弁。

野原
東京も長かったですもんね

英広さん
東京は4年ぐらい
でも、1こ上の先輩でぜったい九州弁でしかしゃべらない人。
ずっと九州弁で通してる先輩がいた(笑)。

そう、だから、いとこが岐阜にいて、その岐阜のいとこがこっち遊び来て いとことしゃべってると、おれが岐阜弁になっちゃう。 なんてゆうのかな。順応性がいいのかな。
良くわかんないんだけど。
でも、混ざっちゃうんだよね。混ざる。
自分でなにいってるかわからないときがある(笑)。

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